繊細すぎる私が見てきた世界、ギフテッドという生き方。

傷つきやすい私が見てきた世界は、美しくて、儚くて、愛で満ちていました。

不幸ぶったって幸せにはなれないんだよ。

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不幸だって言うのも、本当は演技なんだ。

不幸で弱い自分の味方が欲しいだけ。


だけど、自分の味方は
他の誰でもなく自分だけしかいない。

だから本当は、自分を悦ばせたり、慰めたりして
自分が自分だけの味方にならなくちゃいけないの。


幸せは誰にでも平等に与えられている

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「どうせ私なんか幸せになれないし」とか
「いいよね、◯◯ちゃんは幸せで」とか
言う人がいるけれど、

自分の意志で「幸せ」以外の
選択をしているということに
当の本人は気づいていなかったりする。



人は、自分の心が満たされていない時ほど
他人の幸せがよく見えてしまうものだし

誰かの何かと「比較」するから
自分はまるで幸せでないのだと思い込んでいるのです。

 

でも、本当にそうなのでしょうか?

自分の望んだ生き方が
出来ていないのでしょうか・・??



本当は誰にでも
平等に幸せを感じられるようになっているんです。


幸せになることに人数の制限もなければ
幸せを味わえる感覚に限界もありません。

本人が自分は幸せになると決めて
日々幸せを体感していれば

あとはいくらでも幸せを感じられる世界に
ずっと居続けることができるのです。



もし、私はそんなことないと思ったり
永遠に不幸で居続けるんだと思っているのだとしたら
それもまた、その人にとっての幸せなんだってこと。


だって「不幸でありたい」という願望が
見事叶ってしまっているのだから。



競い合う感覚は幸せを押し縮める

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そうは言っても、

その時期やタイミングによっては
他人を羨んだりキラキラと輝く人が
見れない時だってあると思う。


私も自分の幸せについて考えるまでは
周りの人が「凄い人」に見えすぎて

一緒にいたり、SNSを見るだけでも
辛いと思うこともありました。


だけど、今ならその理由がわかります。


輝く人を真っ直ぐ見れない時って
優劣が基準の価値観を持っているから

「幸せであること」さえも
「あの人の方が幸せそう(自分はそうじゃない)」
という秤で見てしまうのです。


だけど、周りの人が幸せであってもそうでなくても
目の前に見える景色はただの事象に過ぎない。

それをどう見るかが
各々で違うというだけの話なのです。


私は自分の幸せについて考えるようになってから
自分の心を満たすことだけに
意識を向けるようになりました。

今までは周りばかりを気にしていたので
今までどれだけ周りの人を優先して
考えてきたのかも痛いほどよく分かりました。


だけど、そうやって
周りを切り離して自分に意識を向けることで
変に我慢をすることがなくなったのです。


好きなことは好き、
嫌いなことは嫌い。

自分のやりたいことをやる、
やりたくないことは一切しない。


極々当たり前のことだけど
これをするようになってからは

人に迷惑をかけない方法を
沢山学ぶことができました。


自分が我慢したからと
人に何かを強要することもなくなったし

必要以上に期待を寄せて
相手にプレッシャーをかけなくなったし

相手に何かできないことやミスがあっても
自分にとって不快なことを言われたりされたりしても
相手を許せるようになったのです。


こんな自分を見て寛容だと思った人は
自分がワガママを言ったりやったりしても
ちゃんと最後には許してくれます。

それに、自分のやっていることに
間違っていることなんかないと思っているから
多分、それで許されていることもあるのかもしれません。笑


でも、本来のワガママってそういうものだと思うし
そもそも人に迷惑をかけない人なんていない。


自分のやりたいことをやっていれば
それを必要としている人や面白いと思う人が集まり、

不快に思う人や合わないなと思う人が
自然と離れていくだけの話。

だから、何も難しくは考えなくて良いと思うの。



争い合ったり競い合う世界なんて
本当に小さな世界だと思うから

幸せになりたいなと思うなら
もっと自分のやりたいことだけに集中して
心を満たしていけばいい。


そうすれば自然と他人のことなんか
関係なくなってしまうの。

 

イライラしたり悲しくなるのも、誰かのせいじゃない。

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何かを人のせいにしてしまうのは
多分、自分自身を許すことが出来ていないからなんです。


自分がやっていることで何か腹が立つことがあるから
自分に似たことをやっている人に対して
怒りが込み上げてくるんだと思うんです。


勿論、イライラしたり悲しむことを
いけないと言っているわけではありません。

ネガティブな感情には人間誰しもなるものだし
感情の抑揚がある方が、うんと
自然なんじゃないかなって思う。


だけど、その感情を誰かに向ければ向けるほど
それって自分を苦しめることでもある
ってことに、早く気づいた方がいい。


他人に対する不満は
我慢するからこそ出てくる感情です。


「なんで私の気持ちを分かってくれないの?」
その気持ち、ちゃんと相手に伝えた?

「私は我慢して家事やってるんだよ」
本当はやりたくないって伝えた?

「どうせ私のこと好きじゃないんでしょ??」
自分からも好きって気持ち伝えた?
 不安な気持ちがあること伝えた??

このように、相手に矢印を向ける前に
自分のしていないことがあるはずなんです。


だから、辛い時や悲しい時は
その気持ちを無視しないことです。


辛い気持ちがあったなら
「辛い時に」自分はどうしたいか?を考えるのです。

言いたいことがあるなら
「言いたい時に」言いたいことを言えば良いのです。


もしかしたら、

「相手に嫌われるんじゃないか?」とか
「嫌な奴だと思われたらどうしよう」と思う人も
いるのかもしれないけれど、

我慢しても、ぶつかっても、
どうせ悩まされることには変わりないし

嫌われる時はいつか嫌われるし、嫌な奴だと思われる時は
いつか嫌な奴だと思われるものなんです。

それまでに、どのくらいの時間がかかるかだけの話。



いつまでも悩まされたいのなら良いのかもしれない。


だけど、その悩まされることがキッカケで
他人を羨んだり自分に言い訳をする方が辛くないですか?


だからいつかは向き合わないといけないんです。

まずは、自分の心で感じることを無視しないことです。

 

心に素直になれば、真実が視えてくる。

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物事に勝手に色を付けて見ているのは
自分自身なんです。


起こっている出来事は
どんな出来事であれただの事象。


だから、あとは自分が
「どんな見方をしたいか」だけ。


物事の見方さえ変えることができれば
物事を前向きに捉えたり
ポジティブな出来事として記憶に残すことができます。


そのためには、
「日々自分の心に素直になること」

これで視界をクリアにし、よりシンプルに
物事を捉えることができるようになります。


誰かと過ごす時も、一人でいる時も、
どちらも関係なく自分のご機嫌を
とることができているでしょうか。

誰かからの意見や情報が入ってきても
自分の心の感じ方に意識を向けられていますか?


どんな時も、自分のワガママにだけは
「自分自身が」応えてあげることです。

自分の心を大事にすれば
必ず見ている世界から真実が見えてきます。



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